民家調査の現在

建築雑誌 2014-12 特集「フィールドワークとツール」

私が海外調査をはじめた1980年代には、どこに行くにしても現地の地図を入手するのがまず容易ではなかった。軍事機密にかかわると信じられていたせいもあって、当時の途上国では地図はたいてい国家の管理下におかれていた。もっとも、なんとかそれなりの地図を手に入れても、そこに目的の村の名前が記載されていることは稀だったけれど。
 これを書いている2014年現在、携帯電話にさえそこそこのGPSがついており、地球上のたいていの場所ならどこにいても自分の居場所を知ることができる。村の家屋の配置ですら、現地の村にいながらにして衛星写真で確認することも可能である。いまどき携帯電話は村の若者にとっても必需品の筆頭といってよい。だが、もともと電話というのは各家にあるものではなく、町の電話局に出向いて申請書を提出してからようやく使わせてもらう類のツールだった。
 当時の調査道具といえば、野帳と筆記用具のほか、コンベックスとコンパス(クリノメーター)、屋根裏実測用のヘッドランプ、それにカメラ、スピードライト、フィルム、三脚などの撮影機材や現地で購入できない日本製の電池類がすべて。そのうえに薬品類や衣類、寝袋をはじめとする生活用具をリュックにつめて移動した。そう、撮影した写真は日本に帰って現像してみるまで結果を知ることもできないのだった。海外調査でデジカメが使えるようになったのはほんの10年ほどまえのことだ。いまでは村でなにか儀式があるとなると、カメラやビデオを携えた関係者がかけつけるようになった。日本の入学式や運動会の光景をおもえばよい。役所や学校にはまがりなりにもインターネットの設備があるし、地方の小さな町でもネットカフェがあるのはもはや常識だ。よほどの僻地でなければ、村でも夜間は電気がつくようになり、伝統的な家屋にならんで巨大なパラボラアンテナが立つ光景も珍しくなくなった。たいていの村が車やバイクでアクセス可能になり、荷物を担いで何時間も歩かねば村まで辿り着けなかった日常など村人のあいだでも昔話になりつつある。
 たしかにテクノロジーの進歩はフィールドワークの手法をも一変させる可能性を秘めている。その気になれば、自分の部屋にいながらにして世界各地の集落形態の比較くらいはできてしまう時代になった。だが、テクノロジーの進歩によって恩恵をうけるのは調査対象としてきたはずの社会もおなじである。
 真っ暗だった屋内に電気が灯り、禁忌のはずの場所をテレビがしめる。実際にその家で生活経験をもった老人たちはいなくなり、かわりに跡を継いだ若者が別棟の現代住宅から顔を出す。家のなかで祖霊を祀ることも儀式をおこなうこともいまや見世物でしかないのに、どこから得た知識か、文化遺産となった家にまつわる由来を彼らは蕩々と説明してくれるかも知れない。
 それもまた伝統。フィールドワークの目的はいったい何であるのかをあらためて問いなおさねばならないときがきているようにおもう。



筆者のインドネシアにおけるフィールドノートを以下に公開しています。
フィールドノート 1986
フィールドノート 1987


BUNAQ HOUSE "Deu Hoto"
[アイソメ下図] BUNAQ HOUSE "Deu Hoto"
Desa Ekin, Kec.Lamaknen, Kab.Belu, Nusa Tenggara Timur, Indonesia 1987
ブナック(ティモール島) | Bunak (Timor)



人間は、物理的に空間をつくりだすだけではなくて、山や川や海といった自然の景観にも意味をあたえて、あらたな人間世界を構築している。
 山を神聖、海を不浄なものとみなすバリ島では、屋敷地の構成から集落内の施設の配置、さらに集落をこえて島全体の空間構造にいたるまでこの二元論が敷衍される。スンバ島の集落は川を遡る船にたとえられ、集落の舳先と艫とはそれぞれ異なる象徴性をもった活動領域に区分されている。大なり小なり似たような事例は私の調査するインドネシアでは普遍的にみられるものだ。
 ところで、人間のつくりだす意味の世界は社会全体が共有するものばかりではない。数年前に、ソウルのアパートに住むある家族の持ち物を徹底的にしらべたことがある。およそ1万点の生活財がけっして広くはない空間にあふれていた。日本も例外ではない。このおびただしい数の物は、家族の思い出に直結するアイコンの役目を果たしている。さまざまな記憶の糸がはりめぐらされた情報空間にわれわれ現代人は生きているわけだ。
 つまり、物理的な空間は均質にみえても、そこに生きる人間にとって重要なのは幾重もの意味が織りなす情報世界のほうなのである。そのとき、フィールドワーカーが直面する問題の本質を理解したければ、人類学者ギアーツのいう「厚い記述」を思い起こしてみるとよいかもしれない。
 調査中に彼女/彼からまばたきされるという経験をもったとしよう。それが自然のまばたきなのか、目にゴミが入ったせいなのか、それともある意味(どんな?)をもった目配せなのかを知るためには、ただの観察者であるかぎり決定的に情報が足りないだろう。結局のところ、人間の住む空間をどれだけふかく理解できるかは、社会や人間に対する理解の程度にかかっていることになる。ツール如何ではどうしようもない領域に立ちいたる。

BUNAQ HOUSE "Deu Hoto"
[アイソメ完成] BUNAQ HOUSE "Deu Hoto"
Desa Ekin, Kec.Lamaknen, Kab.Belu, Nusa Tenggara Timur, Indonesia 1987
ブナック(ティモール島) | Bunak (Timor)


実測図:平面

実測図:桁行断面

実測図:梁行断面

人間はみずからの生きる空間を物理的につくりあげる習性をもっている。一部の動物や昆虫をのぞいて、これは他の生物には見られない特徴であり、生物学的進化を待つことではなしえなかったであろう山岳地帯や極北、沙漠や海上にまで人類が進出できたのはこの希有な能力のおかげである。建築(学)は人類特有のこの能力をもっぱら担うべくして生まれた学問だから、フィールドワークといえども物理空間をおもな対象にするのは至極当然の成り行きだ。
 ところが、空間を伝えるという点にかんして、われわれは未だに不完全で心許ない技法によることでしかそれを実現できないでいる。実測調査をおこない、結果を二次元の紙媒体上で表現する(あるいは、せいぜい模型をつくる)といった調査のルーチンは、これまで設計の現場で繰り返されてきたプロセスを逆になぞらえているにすぎない。図面の読める専門家集団に対して、建築物の再現を最終目標とした作業とでもいえようか。もはや、映画やゲームのなかのほうが建築表現の自由度がはるかに高くみえてしまう。その原因は、建築の調査自体がある種の制度なり規範の反映によって成立しているからにちがいない。
 いま、フィールドワーク(のツール)に期待されるのはこうした建築界の暗黙の了解事を相対化してみせる視線ではないかとおもう。建築はどれだけ抽象的な概念を弄ぼうとも現実の生活世界に根をおろして建つリアリズムの産物だった。たしかにそのはずだった。ところが、実際の建築空間に身を置いてみても、そのような実感をたぐり寄せる機会がますます失われてきているように感じる。建築を全人間領域において考えること。その糸口をフィールドワークはあたえてくれる。

©minpaku digital archives : 3D drawing by Takayuki Sui & Kazuaki Kitabatake @ espa
[三次元CG] BUNAQ HOUSE "Deu Hoto"
Desa Ekin, Kec.Lamaknen, Kab.Belu, Nusa Tenggara Timur, Indonesia 1987
ブナック(ティモール島) | Bunak (Timor)
Bunak
Bunak
Bunak


参考
佐藤浩司「空間をしらべる~フィールドワークを学ぶ人のために」 https://www.sumai.org/asia/refer/field.htm